村上醍醐です。
白鳥士郎「りゅうおうのおしごと!」第11巻を読んでの書評・レビューです。
本記事には内容の ネタバレを含みます ので、未読の方はご注意ください。
一言感想サマリー
徹頭徹尾、ヒロイン姉弟子のための巻。
1つの到達点とも言えた5巻の展開に双肩する盛り上がりを見せてくれました。
これまでに育てられてきた親と子、男と女、将棋星人と地球人・・・いろいろな対比構図の素材が上手く料理されたエンタメ小説に仕上がっています。
こんな人におすすめ
- ライトノベル好きの方
- エンタメ・ラブコメ・スポーツ小説好きの方
- ツンデレ好きの方
内容紹介(amazonより)
「私を殺して……」
奨励会三段リーグで三連敗を喫し心が折れた銀子は、八一に懇願する
「俺が連れて行ってあげますよ。絶対に死ねる場所へ」
こうして二人は将棋から逃げた。
それは同時に、なぜ将棋を指すのか問い直す旅でもあり――
なぜ、八一は銀子を『姉弟子』と呼ぶようになったのか?
なぜ、銀子は女流タイトルを求めたのか?
八一と銀子の出会いと修業時代の日々、そして《浪速の白雪姫》に隠された最大の秘密が遂に明かされる告白の第11巻!
将棋の神が定めし残酷な運命は、誰に微笑むのか?
感想
読む前のこと
「りゅうおうのおしごと!」は将棋を扱ったライトノベル作品です。
正直、前巻(10巻)まで読んだ私は、「こりゃ今後5巻の展開を超えるのは無理かな・・・」と思っていて、読むのを継続するか迷っていました。
5巻は主人公で竜王位でもある九頭竜八一と名人との防衛戦を描いた巻で、読者の評価も高く、Amazonレビューも5つ星のうち「4.6」という高いスコア*1を叩き出しています。
当時5巻を読んだ私の感想メモはこんな感じでべた褒めでした。
本シリーズは5巻で一旦ピークを迎えました。
追い込まれるところまで追い込まれてからの大逆転劇は、ある程度予想していながらも気持ちの乗った筆致に心震わせられました。
たぶん、八一をメインとした対局でこれ以上を描くのはかなり難しいため、6巻以降は周辺キャラの掘り下げがメインになることが容易に想像できる、、、そのくらい将棋を描いたエンタメとしては最高級だったと思います。
しかし、11巻が発売されるとインターネット上では好意的なレビューが相次ぎました。
私は「なら読んでみるか」と軽い気持ちで購入。そして、、、
――2時間後には読了し、感想をメモしている自分がいました。
様々な対比構造が浮き彫りになる前半から中盤
本巻は、大きく5つの章立てになっていて、以下のような流れでストーリーが描かれます。
(将棋らしく、助数詞は「譜」)
- 第一譜:心が折れた銀子を連れた逃避行の始まり
- 第二譜:八一と銀子の出会い
- 第三譜:銀子の過去
- 第四譜:銀子の再起
- 第五譜:三段リーグ戦 銀子 vs 椚創多
第一譜・第二譜で「JS研」の子たちが登場しますが、描写は最低限で、あくまで本巻では八一と銀子にスポットライトを当てています。
それ故二人の会話や内面描写が丁寧で、これまでにはないほどの没入感が読者を物語に引き込んでいきます。
そして第三譜で語られる銀子の過去編がすごく重要です。
これまでにも断片的に描かれていた、彼女の病気の詳細が語られるだけでなく、八一とともに将棋にのめり込んでいくに従ってできていく、彼女と周囲との 対比構造 をまざまざと読者に突きつけます。
- 男と女
- 親と子
- 生と死
- 強者と弱者
- 将棋星人と地球人
これが銀子のアイデンティティを際立たせていくことになり、かつ後半に大きくジャンプするための助走のような感じで、巧いストーリー構成だと思いました。
特に「将棋星人と地球人」というフレーズは銀子自身がこれまでにも何度も口にしているものです。
「将棋星人」について銀子は作中でこう表現しています。
私とは別の星から来て、別の感覚器官で将棋を理解できる者がいることを。目の前に現れた異星人の存在を、どれだけ証拠を見せつけられようとも、私は信じようとはしなかった。
将棋星人の存在を。
つまり、生まれつき将棋の才能に恵まれた棋士たちのことを「将棋星人」と名付けることで、自分がただの「地球人」だとして、その間にはっきりと線を引きました。
こうして第三譜まで読み進めていくと、読者は空銀子という存在がより深く理解でき、多面性を持って物語の中で動いている感覚がしてきます。
そして、かつて彼女の才能を見出した明石同様こう願うのです。
銀子に「跳んでほしい」と。
銀子は3つの意味で救われる
第四譜です。
本巻のクライマックスと言っていいと思います。
大きく3つの意味で銀子が救われます。
ひとつは、銀子が将棋に再び向き合えた こと。
これは、八一の母親との対話がきっかけになるのですが、個人的にはこのやりとりが料理と将棋と人生とを上手く重ね合わせていて、一番グッときました。
女性同士でこそ解りあえる関係性や親と子のつながりの描かれ方には、作者に子どもが生まれて親になったこともオーバーラップしているのかな、と想像しました。
ここに着目してしまうのは、私も人の親だからでしょうか。
以下の母親の言葉は沁みましたね。
「奇抜なことはしなくていいの。当たり前のことをするだけで美味しい料理は作れるし、あなたが作れば自然とそれがあなたの味になる」
こうして銀子は将棋と向き合うスタンスを再認識することになります。
2つ目は、八一と恋仲になる こと。
この展開はやや意外でした。複数ヒロインが登場するライトノベルではヒロイン決着はほぼシリーズの決着と同意でもあるので。
ただ、このあたり作者にとってもチャレンジだったようです。
『りゅうおうのおしごと!』11巻は、自分にとって様々なチャレンジをした一冊になっています。
私は今までラノベの「型」を忠実に守ってきましたが、敢えてそれを破ったり…
よかったら #りゅうおうのおしごと応援 を付けて感想など教えてください。景品が当たります。 https://t.co/cfxsvW5JRJ
— 白鳥士郎 (@nankagun) August 10, 2019
それにしても「封じ手」の使い方がお洒落というか、ロマンチックな感じでいいですね。
最後3つ目は、将棋の神様である名人が背中を押してくれた こと。
『私が今、一番戦ってみたいのは────女性です』
『他にも私には想像すらできない困難があると思います。そんな困難を乗り越えて来た人の将棋が、弱いはずありますかね? 私は、きっと強いと思います。誰よりも強いと思います』
名人が国人栄誉賞受賞の会見で、銀子を鼓舞するようにそう答えます。
そして、彼女は「神様はずっと私を見てくれていた」と闘志を取り戻しました。
ここまでの流れは、読んでいて本当に時間を忘れるほど素晴らしかったです。
なお作中名人が国民栄誉賞を受賞するなど、随所で現実とのリンクを感じさせる本作ですが、もちろん名人のモデルは「羽生善治」氏です。
「運命は勇者に微笑む」という言葉も、実際に羽生氏が座右の銘としているものです。
というか2002年ころからずっとそう言い続けているのですね。
2011年のテレビ番組でも、同じことを言っています。
そんな根底の変わらなさも彼の強さの証明なのかもしれません。
そして銀子は降り立つ
第五譜は、強敵・ 椚創多との対戦がいつもの通り熱く描かれます。
創多は「将棋星人」とも異質な「化け物」として存在感を見せつけているキャラです。(もちろん、モデルは藤井聡太氏)
この対局で、銀子は窮地に追い込まれるものの、途中完全に自分の将棋をモノにして、とうとう「将棋の星」にたどり着くことになります。
ただピンチに覚醒して、逆転するだけではありません。
そこに至るまでの過程を、丁寧に子どもを育てるように描いてきたからこそ、銀子が「跳ぶ」その姿は、読者の胸を打ちます。
「着いたよ。八一」
よかったね銀子、と。
「りゅうおうのおしごと!」のこれから
2回目のクライマックスを迎えた本作。
あとは、もうひとりのヒロイン「雛鶴 あい」に期待です。
私の勝手な予想ですが、小休止的なお話を挟んだ後、あいにスポットライトを当てたストーリーになっていくと思います。
シリーズ序盤こそ天才的な描写が多かったあいですが、最近は鳴りを潜めており、壁に直面している感があります。
そこをいかに乗り越えていくか、今後が楽しみです。
銀子に関しては伏線が張られていて、おそらく子どもを授かるのは難しいとかそういった感じなのかなと推測します。
(本作は「親と子」が重要なファクターになっているので)
とはいえ、最後にはハッピーエンドになるかと。
これは願望レベルですが、最後にあいは女性初の竜王位を獲得、八一と銀子の子どもを内弟子にとって「りゅうおうのおしごと!」なんていうのはどうでしょう。
続刊が楽しみです。
*1:2019年08月16日時点